6/5「寿司」

    仕事終わりに妻が予約してくれた寿司をスシローに取りに行った。今週の半ばから寿司が食いたい、寿司が食いたい、と心の中で連呼していたのだ。わたしの実家では、回転寿司を食べるという習慣がなかった。うちの父親が大の外食嫌いだったからだ。父親は営業仕事だったが、一人で外の店で食べるくらいならウイダーinゼリーを飲んでる方がいい、と言っていた。変なやつである。変と言えば高校のころ、スーパーマーケットでお菓子かなんか買って出たら「会社やーめたい!」という奇声とともに蹴飛ばされた石ころがこっちに飛んできたから声の方を見たら、そいつがスーツを着ていたので仕事しすぎて頭のおかしいサラリーマンがいやがると思ったのだが、よく見たらうちの父親だったことがある。こいつやべえな、きてるな、と思った。まあ、それはいいんだけど、子どもの時にわたしは回る寿司を経験してなかったから、大学でバイトして彼女や友達と回転寿司を食べた時はなかなか感動した。でもいまだになんか慣れない。他の外食は大体どこでも行けるし、なんにも気にならないのだが、回転寿司だけは新参者みたいな気持ちになりなんか落ち着かない。ビギナー。妻には回ってるのより、タッチパネルで好きなの注文した方がいいと教えられたので回った寿司をとったことはほとんどなく、注文して目の前に猛スピードでスライドしてきた皿に乗った寿司を食べるわけだが、これだと回転してないと思う。猛スピードスライド寿司じゃねえかと思う。でもいまはコロナなので猛スピードスライド寿司ではなく、寿司をテイクアウトした。白ワイン飲みながらたべた。おいしかった。

6/4「犬たちの状態」

    仕事帰りに江古田の本屋、百年の二度寝に行った。行くのは今回で二度めだった。この本屋は作りが変わっていて、建物の入り口から雑貨屋に入って奥に進むと小物が置いてある部屋があり、さらに進むと本屋があらわれる。初めて行く方はけっこう迷うと思う。わたしは一度めはプレオープンの時期に行ったのだが、その時より本の種類がずっと増えていた。前回は『はじめまして現代川柳』を購入したのだけど、店主さんがそれを覚えていてくれて再入荷してあった。今日は『犬たちの状態』を買った。オレンジ色の本の作りがかわいい『どんぐり』も買おうかちょっと迷ったけどそれほまた今度。会計の時に文学フリマで買って読んだ店主さんの書いた『本屋攻略読本』の話を少しした。

『犬たちの状態』を家に帰ってから読んでるが、いきなり犬の写真がたくさんあって、そのあとに小説、また犬の写真という構成が変わっていて面白い。小説の方は犬が出てくるだけじゃなく、登場人物みなが犬っぽいという、完全な犬小説でちょっとこんなのは読んだことない。太田靖久さんの小説は『ののの』もそうだけど、世界と人間の関係性がズレてて、それが微妙にズレてるんじゃなくて絶妙にズレてる。本来ズレてるんだから調和なんてないはずなのだが、なぜかその不合理が成立してるように見える。何かトリックアート的というか、錯覚したまま物語を読まされてるような感覚におちいる。つまりは大変に不思議なのだが魅力的な小説なのだ。もうちょっと読み込んで久しぶりにnoteで書評を書きたい気もする。

    新しくまた『読書のおとも』を置いてもらう本屋さんが決まった。月曜日に納品の予定。少しずつやっていきたい。

 

【今月買った本の代金】

6/4『犬たちの状態』1980円

合計:1980円

6/3「ZINE」

   きょうはずっとZINEのことを考えていた。ZINEの定義については『野中モモの「ZINE」小さなわたしのメディアを作る』の序文に詳しく書かれてある。例えば〈冊子のかたちをしていることが多いが、紙1枚だけの新聞・ビラのようなものも、もっと複雑で変わった形態を手作りしたものもある。〉や〈企画・制作から流通まで、それぞれの専門職による分業体制が整っている商業出版に対し、ジンは作者が読者に届けるまでのあらゆる作業に関与する。〉などいろいろな項目がある。

     いろいろ踏まえたうえで、わたしの中では、ZINEとは〈軽くて薄い極めて個人的につくられた本〉くらいの感じだ。

     ZINEは自由度が高いだけに個性を出しやすいが、一方で商業出版のような本としての安心感や安定感には欠けるかもしれない。しかし、それを補ってあまりある情熱がある。それは『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』、通称、クソパンのページをめくれば一目瞭然である。薄い一冊の中にこれでもかというくらい「クソ」や「パンク」という言葉が散りばめられた本書はエネルギーに満ちあふれているが、その一方で本への愛のあるまなざしはとてもあたたかい。商業主義とはかけ離れた情熱でつくられたからこその名著だと思う。わたしは昨年、こうしたZINEやZINEに関する本をたくさん読み、それを吸収し咀嚼したうえで『読書のおとも』というZINEをつくった。商業出版ではまずありえない50ページ程度の本というより冊子といったほうが適切な一冊を。大好きな文学と、DIY精神で楽しんでZINE作りをかけあわせたつもりである。純粋に自分が読んでみたいと思った書き手の方に声をかけ寄稿してもらった。そうして集めたら、かなり変なものができあがった。読んでもらえたらとてもうれしい。

    本の世界にはZINEやリトルプレスでしかできない表現方法もある。そこを信じてやってるし、やっていく。

6/2「本代」

    きのう「honto9周年記念 読書一生分プレゼントキャンペーン」に応募したのだが、そこに世帯当たりの書籍・雑誌等への年間支出額:10,703円と書いてあって、ずいぶん安いと思ったと同時に、自分は本代にかなり使っていることも理解した。図書館も利用するのだが、新刊はすぐに借りれないし大抵欲しいものは買うことになる。ただ最近は本棚もいっぱいになってきてて、多少量を抑えたくもあり、いくらくらい本代に使ってるのかほぼ把握してないのでこの日記でとりあえず6月の購入本をメモしようと思う。しっかり把握することで、今本当に自分にとって必要な本だけを購入し、衝動買いが減るかもしれない。まあ、けっきょく欲しかったら買いそうだけど…。
    ちなみに今日は図書館で借りることにした。『反穀物の人類史』、『さよなら未来』、『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』、『テクニウム』の4冊を。

6/1「日記」

    きのう武塙麻衣子さんの日記『諸般の事情』をフヅクエで読んでおもしろくて、今日はわたしも日記を書こうと思った。気づいたら文学フリマの前あたりから日記が止まっていた。書くことはいっぱいあったはずだが、書いていなかった。『諸般の事情』は毎日かかさず書かれてある。夫婦のこと、食事のこと、猫のこと、映画のこと、時に旅行のことがユーモラスに。だけど最後のエッセイで空気が変わる。そこもまた良かった。こんなに一気に日記を読むのはそれこそZINE版『プルーストを読む生活』以来かもしれない。『続 諸般の事情』も出てるようなので楽しみだった。

    6月は日記をもう少し書いていきたい。できたら毎日。5月はZINEの『読書のおとも』のことをやっていた月だった。ようやく落ち着いて今書いてる作品が終わったら、文章よりも絵を描きたい。文章は日記くらいでいい。今はそんな気持ちだ。

    自分でも不思議なのだが、うまくいってることがあってここを頑張ればもっとうまくいくんじゃないか、みたいなところにきた瞬間、何で頑張る必要があんのよ?ともう一人のヘラヘラした自分がやってくる。本当に不真面目なやつが。こいつは時々、作品にも現れることがあるが、こいつのおかげで創作に真剣に悩むことがあまりない。一生懸命やるなんてバカなんじゃないの?と今もそいつが目の前でニヤニヤ笑っていやがる。

5/13「通販に関して」

    今回のZINEに関して通販はやるの?ときかれることがある。まだ確定ではないけど、いまの状況だと通販は必要だと考えている。元々は、直接手にとってから本を買うのが自分自身好きなので、文学フリマか本屋さんにおろしてそこで購入してもらいたいという気持ちがつよかったけど、そんなこだわりが通じない世の中に変わってしまって、外出せずに買いたいというのは当然だと思うし、わたし自身も本屋さんが緊急事態宣言でお店を開けられない時はオンラインショップで購入して応援していた。だから文学フリマ後に通販の準備をするつもりでいる。

    Twitter文学フリマ関係のツイートをよく目にするようになった。昨日辺りからウェブカタログを見だしたが、面白そうな本がけっこうある。いまのところ『みんなの美術館』(犬と街灯)、わかしょ文庫さんの『ランバダvol.3』、広瀬大志さんの『時戒の朝』は購入確定。

5/12「勉強と遊び」

    わたしは大学受験まで勉強やったことなくて5段階評価で体育と技術以外全部2以下みたいな生徒で、中学も高校も教師にはお前が行けるところはどこにもないからと匙を投げられるバカだった。受験で勉強意外と楽しいぞと思い、今は読書が好きで誰かと本の話ができてるけど昔のわたしからしたら夢みたいなものだ。だからというか、勉強の大切さというのはよくわかるし、一方で遊ぶことの面白さもわかっている。なんせ高校三年生までほぼ勉強せずに生きてきたわけだから、みんなが勉強してる時間もひたすら遊んでいた。誰かと遊べる時はいいけど、一人の時間も多かった。小学生のころはテレビゲームを買ってもらえなかったので、彫刻刀で木を削ってお面を作ったり、粘土や段ボールでドールハウスをつくったりした。あとは大体好きなプロ野球選手のピッチャーのフォームを真似て壁に向かって一人でボールを投げ続けていた。中学生になってプレステを買ってもらったらFF7にハマり学校に行かなかった。夜遊びもひどくて家に帰らず友達の家に泊まって遊び学校をサボることもよくあった。学校に行っても途中で腹痛だと嘘ついてサイゼリヤ行ってミラノ風ドリア食べたり、映画館行ったりもしていた。高校は雨の日はめんどくさいから行かなかった。まあ、そうやって遊んでばかりいると人間はバカになる。小学生の時は漢字で自分の名前が書けなくなったこともある。

    今でも遊ぶのは得意だ。天気良ければ海に釣りに行って釣糸垂らして、海の写真とって、アイス買って食べて、釣れたら持って帰って捌いて料理にすれば充実した一日を過ごせる。でもそんなことばかりしていると、どうしようもない人間になることもわかっていて、勉強や読書をしてみる、そしてこれはこれでやってみると楽しいもの。

    ありきたりな結論だが勉強も遊びも真面目(軽やかさも含めて)にやると楽しいのだ。