1/26「現実は小説より奇なり」

    連休明けに仕事を頑張ったら首やら背中が痛い。からだが鈍っているからという理由で説明できたらよいのだが、たぶんそうではなく、年齢のせいだ。明らかに三十代半ばに入って疲労の抜け方が遅くなってきている。動くこと自体は動けるのだが、動きを止めたあとにどっと疲れがたまる。二十代の時はこんなではなかった。いくら動いてもたっぷり寝ればほぼ回復していた。仕事は大体のところフィジカルでカバーしてきたのでフィジカルが低下すると商売あがったりなので、ちょっとどうにかしなければいけない。定期的にマッサージいったりするべきかもしれないが、マッサージも慣れてくるとあまり効かなくなってきそうだし、あんまり通いつめるのもなあ、という気持ちもある。

    読書の方は引き続きフエンテス。会話文の口調が面白すぎて笑ってしまう。どこまでもラテンアメリカってノリの小説でただただ楽しい。わたしは「現実は小説より奇なり」という言葉が好きじゃない。いまの世の中だとなおさらそう言ってしまいたくなる気持ちはわかるんだけど、それってすごくつまらないって思ってしまう。かといって、しゃかりきになって小説は現実に負けてない!と声を大にして言うのもなんかちがう気がする。じゃあ、どうするか。そうなった時、そう言う相手にはラテンアメリカ文学を差し出したらいいんじゃなかろうか。そんなことを言うひとはたぶんガルシア=マルケスボルヘスフアン・ルルフォもボラーニョも読んでないような気がする。たぶんだけど。こういう作品を読んだら間違っても「現実は小説より奇なり」って言葉が出てこない気がする。気がするだけなんだけど、なんかそんな現実という地上をはるかに越えた上空を猛スピードでぶっ飛ばしてるような小説世界。わたしにとってラテンアメリカ文学にはそんな圧倒的な信頼感があり、また、途方もない熱量が宿っているように感じられる。