3/7「アートフェア」

    ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通り雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。

保坂和志『未明の闘争』講談社p.3

 

『未明の闘争』というと、この冒頭の最後の一文〈私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。〉が印象的だ。「私は」を外せばふつうに読める文章なのだが、あえて入れることで軋みを生じさせてると思われる不思議な一文。ただここからずっとこういった文章が継続されるのかといったらそうではない(ちょっと読みながら期待してしまうところだが)。ではふつうに進むかといったらそうではなく、かなり独特というか、本来の保坂和志の小説らしさ、と保坂和志の小説論らしさ、が融合しているために、保坂和志濃度が倍増しているようにわたしには読める。こんな文章を小説の形にするのは保坂和志だけだろうなという文があり読んでて楽しい。

    しかし風景なのではない。私は浜から風景をそれは毎日見ないわけはなかったが、私にとって浜はポチと、ジョンがいたあいだはジョンとも走ったり歩いたり、歩きながら歌を歌ったり、その日ごとに変わる海の色調の変化や波の形の変化を見たり、夜には波の音だけを聞いていたこともあったそういうところで、それは体の感覚の全体だ。

同上p.55

    風景ではなく、「それは体の感覚の全体だ。」と言い切るところは、『小説の自由』などの小説論を彷彿させる。

    他にも例えばここ。

 

    誰でも憶えがあるはずだ。アキちゃんが憶えがなかったのは、ぼんやりしすぎていたためか、アキちゃんの考えが現実的すぎたからだろう。授業中先生が黒板の前に立ってしゃべっているのを見ているときにふいに、「あ、これとまったく同じ場面を見たことがある。」という強い実感が掠め過ぎてゆくあれだ。一秒二十四コマの映画に、一コマかせいぜい五、六コマぐらい紛れ込んだような感じですぐに消え去る。私は強い実感なのに「掠め過ぎてゆく」というのは「鉄のぶよぶよした感じ」みたいで矛盾といえば矛盾だが、「これとまったく同じ場面を見たことがある。」というのが矛盾なんだから、それはそれを語る言葉が矛盾しない方がおかしい。だいたい言葉というのはふつうの現実をしゃべるようにしかできてないのだ。それは「あ、これとまったく同じ場面を見たことがある。」と感じた瞬間かその一瞬前に消え去っている。か、過ぎ去っている。

同上p.59

 

「だいたい言葉というのはふつうの現実をしゃべるようにしかできてないのだ。」からの文章だけ抜き出してみても、これは保坂和志が書いたものだとわかるのではないだろうか。「消え去っている」と「過ぎ去っている」のこの微妙なニュアンスをどっちかにしないで、どちらも意味を通すことができるとしっかり書いているところまで含めて保坂和志ならではだと思う。そして、ここまで書いてるからこそ、他の作家にはない格別の信頼が置けるのである。

 

     今日は東京ポートシティ竹芝で行われていたアートフェアに行った。お目当ては西川美穂さんの絵で、Twitterでやり取りして招待券を取得できるURLを送ってもらったのでそれで行ってきた。今回西川さんの絵はかなり大きめの高さが130センチある大判を含む四枚の作品だった。わたしの家にあるのが10×10と46×46だから比べたら無茶苦茶大きい。テイストも有名な又吉直樹『火花』の表紙のような布で人の形を隠し中を想像させるタイプのとは大きく異なり、人間の顔をむき出しにして表情が見えており(しかし感情は読み取りづらいのだが)、また、記憶の変化を題材にしてあるあたりも大きく違った。透明な液体を垂らしていたり技術的にも手法的にも違ったが、西川さんがおっしゃるには初期の創作方法をとってるらしい。そういう意味でちょっとこれまでの作品とは異なる見た目なのだけれど、赤色の出し方など特有の色彩はそれだけ見ても西川美穂作品だとわかる。この赤は他の画家にはない色だとわたしは感じる。他の作家には出せないものを出せるからこそ唯一無二の存在で、それがやはりプロなんだと思う。

    西川さん以外にも面白い作品はたくさんあった。芸術を好きな人がたくさんひとつの空間に集まるのを眺めるのは、作品を眺めるのと同じくらい楽しいものだった。そういう空間に自分もいることで、創作意欲がふつふつと沸き上がっていくのが体の中に感じられた。

    展示をみたあとは竹芝桟橋を歩いて海の写真を撮ったり、東京駅まで歩いて久々に八重洲ブックセンターに行った。詩集が欲しくなり、『さよなら、ほう、アウルわたしの水』を購入した。

    家に帰ってから、最近始めたドローイングを二枚描いた。