4/27「そろそろ」

    そろそろ漱石をまたがっつり読みたくなってきた。全集4の「虞美人草」の途中で止まってたんだけど、また、最初から読み返そうと思っている。GWの読書は漱石全集を中心に。日記を始めるまえは、漱石全集をちびちび読み進め、それと同時にその時読みたい本をと思っていて、つまりは『プルーストを読む生活』のような感じ、だったんだけど、『失われた時を求めて』のように全10巻でひとつの長大な物語とちがって、一冊で収まってるサイズの小説で間が開いて細部を忘れるとどうも読むのに推進力が出ず、またまえに戻るのを繰り返してなかなか進まない、だから止まる、また戻るというのを繰り返していて、これは単純に自分の性格なのかもしれないが、小説はある程度一気に没頭して読み進めるのがいいみたいだ。昔、東野圭吾の分厚い『白夜行』を一ヶ月くらいかけて読み、その間に他の短い本をいくつも読んでそれがすごくうまくいったから、このやり方は可能だと思ってたが、自分の場合、間が開いたり開かなかったりで読める読めないタイプの本があるみたい、もしくは昔できたからといって今もそのやり方ができると思い込んでるだけなのかもしれない。けっこう読書をしてきたつもりだが、基本的にその時読みたい本を読んで読みたくなければ積んで読みたくなるのを待っていた、という、いたってふつうの読書の仕方だと思うが、そんなふうにやってきたなかで、今回のように全集を読みきるぞ、と決めてそれを実行させるための強い意志を持ってやったことはない。と、書いているものの、本当はそんな強い意志などどうでもよくていつやめてもいいんだけどという気持ちくらいでやっているのが実際のところで、まあ、それくらいのゆるい気持ちでも継続させたいはさせたいので、うまくいく方法を模索した結果、最初に書いたように、一冊ごとにがっつり一気に読む、という考えにいたった。こんだけ読書を長年やってきても、うまくいくのかいかないのかまだまだわからないことってあるなと思うし、年齢や環境で読書の仕方もどんどん変わってくるのかもしれないとも思う。いずれにせよ、読書は楽しくやるものだし、楽しく本を読むのにどうするべきかと考えるだけなのだが。